実は「30年近く前からある技術」だった!
2022年の制度変更がブームの引き金に
――鉱石などが練り込まれた繊維は、最近生まれた新技術なのですか?
南 原理そのものは新しくありません。遠赤外線を利用して血行促進をうたう生地やサポーターは、私が知る限り25~30年ほど前からありました。もちろん素材や加工技術は改良されているでしょうが、「鉱石などを利用して遠赤外線を輻射する」という基本的な考え方は、1990年代後半から2000年前後にも存在していたのです。
――それが、なぜ今になって大ブームになったのでしょうか?
南 大きな転機は2022年です。同年10月、医療機器の一般的名称として「家庭用遠赤外線血行促進用衣」が新設されました。一定の基準を満たし、製造販売の届出をした衣類は、「一般医療機器」と表示して、血行促進や疲労回復、筋肉のコリの緩和などを使用目的や効果として示せるようになりました。
それ以前から同じ原理の生地はありましたが、「一般医療機器」という分かりやすく、強い言葉を前面に出せるようになったことが大きい。「医療機器と書いてあるなら効きそうだ」と受け取る消費者は多いですから。
――「一般医療機器」なら、国が一つ一つの商品について効果を審査し、認めたということですか?
南 そこは誤解しやすいところです。一般医療機器は、医療機器の中でも、不具合が生じた場合の人体へのリスクが極めて低いと考えられる「クラスI」に当たります。製造販売にはPMDA(医薬品医療機器総合機構)への届出が必要ですが、届出内容について個別の審査が行われるわけではありません。
つまり、「一般医療機器」という表示は、国が商品ごとに臨床効果を審査し、誰にでも効果が出ると保証した印ではないのです。包帯や綿棒などにも一般医療機器に分類される製品があります。リカバリーウェアの場合も、表示された使用目的や仕組みと、「自分が効果を実感できるか」は分けて考える必要があります。
なお、「リカバリーウェア」は一般的な商品カテゴリー名で、法令上の名称は「家庭用遠赤外線血行促進用衣」です。商品名や広告だけで判断せず、一般医療機器としての届出の有無や、商品の表示を確認することも大切です。
2万円台の「BAKUNE」に対し、ワークマンは上下3800円
“効くか試したい”需要を低価格で取り込んだ
――リカバリーウェアは、価格差がかなり大きいですね。
南 TENTIALの「BAKUNE」は、上下セットで2万円台の商品が中心です。その一方で、紳士服大手などが7000~9000円前後の商品を出し、ワークマンは「MEDiHEAL」の長袖シャツとロングパンツを各1900円、上下で3800円から販売しました。
私も最初は「本当に効くのか試してみよう」という気持ちで買いました。仮に効果を実感できなくても、上下3800円なら普通のルームウェアを買ったと思えば納得しやすい。しかし、黒い無地のパジャマに2万円を出すとなると、試すハードルは一気に上がります。
――ワークマンが爆発的に売れた最大の理由は、安さですか?
南 それが大きいと思います。高価格帯の商品がテレビCMなどでリカバリーウェアそのものの認知を広げたところへ、ワークマンが圧倒的な低価格で入ってきた。関心はあるけれど、効果が分からない商品に高いお金は出しづらい、という人の“お試し需要”を一気に取り込みました。
ワークマンによると、2025年9月から12月までに319万着、販売額55億円分を販売。当初計画の約200万着は実質14日間、追加生産した約120万着も実質6日間で完売しました。その後、2025年12月から2026年2月までに437万着を追加投入し、年間2000万着以上を生産できる体制を整えています。ここまで大量生産できるのは、全国の店舗網を持ち、売れる数量を読めるワークマンならではです。
一方、先行したTENTIALは「BAKUNE」を主力に成長し、2025年に東証グロース市場へ上場しました。ほかにもAOKIやはるやま、ニトリなど異業種からの参入が続いています。高価格帯、手頃な中価格帯、ワークマンやニトリの低価格帯が出そろい、市場は現在、最も競争が激しい局面にあるとみています。
初回購入者が1000万人いても、2年目に全員は戻らない
投資家が見るべきは「販売数」よりリピート率
――リカバリーウェア市場は、このまま伸び続けるのでしょうか?
南 今の販売ペースが何年も続くかというと、私は難しいとみています。現在は「一度試してみたい」という初回購入者が大量に入っている段階です。実際に着て「手放せない」と感じ、季節違いや洗い替えを買う人はいるでしょう。しかし、「よく分からなかった」と戻ってこない人も相当数いるはずです。
極端にいえば、初年度に1000万人が買っても、2年目に同じ1000万人がもう一度買うわけではありません。リカバリーウェアは、壊れたらすぐ買い替える家電でも、毎月使い切る消耗品でもない。しかも効果の体感が分かりにくい。新規客が一巡した後は、固定客による買い替えや買い増しを中心とする市場へ、2~5年ほどかけて落ち着いていくのではないでしょうか。
――企業側は、ブームが落ち着く時期を見越す必要がありますね。
南 そうです。ワークマンは生産能力を大幅に増やしていますし、TENTIALも売上を伸ばしています。需要が想定より長く続けば問題ありませんが、ピークアウトが早ければ在庫や生産計画の調整が必要になります。企業がどこで生産量を絞るのか、リカバリーウェアの次に何を育てるのかという「出口戦略」は重要です。
投資家が見るべきことも、累計販売数や一時的な品切れだけではありません。新規購入者の伸びに加えて、リピート率、在庫の増減、値下げの有無、広告費、粗利益率を追う必要があります。ブーム商品は、売れている最中よりも、初回購入者が一巡した後にブランドの本当の強さが表れます。
服選びは「上質な素材」から「手入れのラクさ」へ
リカバリーウェアは“機能を着る時代”の象徴
――リカバリーウェア以外にも、機能性繊維はたくさんあるのですか?
南 数え切れないほどあります。夏の肌着やスポーツウェアで一般的な吸水速乾素材は、生地の編み方や糸の形を工夫し、毛細管現象で汗を肌から生地の表面へ移して乾かします。ユニクロの「エアリズム」などが身近な例です。
冬の吸湿発熱素材は、肌から出た水蒸気を繊維が吸着する時に生じる熱を利用します。ほかにも、雨は通しにくい一方で衣服内の湿気を逃がす防水透湿、ポリウレタンなどを使ったストレッチ、抗菌防臭、撥水、防風、軽量、形態安定などがあります。私たちは意識していなくても、すでに毎日のように機能性素材を着ています。
――今後、リカバリーウェアに続く大きな機能性素材のブームは来るでしょうか?
南 吸水速乾、保温、防水透湿、ストレッチといった主要な機能は、すでに広く普及しています。まったく新しい機能が突然登場するというより、既存の機能を組み合わせ、分かりやすい名前と買いやすい価格で打ち出した商品が伸びる可能性のほうが高いと思います。
背景には、服に求められる価値の変化があります。20~30年前は、「上質なコットンのシャツ」「上質なウールやカシミヤのコート」など、素材そのものにこだわる人が今より多くいました。もちろん今もファンはいますが、広い層が重視するのは、洗濯機で洗える、シワになりにくい、すぐ乾く、軽い、保管がラクといった実用性です。
高級なウールやカシミヤは、価格が高いだけでなく、洗濯や保管にも手間がかかります。革靴を磨いて履くよりスニーカー、重いウールのコートより軽くて扱いやすいダウンジャケットを選ぶ人が増えたのと同じです。服に手間をかけること自体を楽しむ人は残りますが、大衆市場では少数派になりました。
今は、みんなが同じデザインを着るような大きなファッショントレンドが生まれにくい時代です。その代わり、「汗がすぐ乾く」「着るだけで疲労回復を助ける」「洗ってもシワになりにくい」といった、機能を一言で説明できる商品は広がりやすい。リカバリーウェアの大ヒットは、単なる健康ブームではなく、消費者が服の“見た目”以上に“便利さ”を買う時代になったことの象徴だと思います。
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本記事は2026年9月12日時点で知りうる情報を元に作成しております。本記事、本記事に登場する情報元を利用してのいかなる損害等について出版社、取材・制作協力者は一切の責任を負いません。投資は自己責任において行ってください。