世界の富裕層において、大きな存在感を示す華僑・華人系の実業家たち。彼らは、労働収入だけに頼らず、資産収入と人脈を組み合わせながら、世代を超えてお金を増やす知恵を受け継いできた。中国系の家庭に生まれ、日本で育ち、14歳でカナダへ移住したTakさんも、そうした環境で育った一人だ。欧米系金融機関や大手コンサルティング会社などを経て独立、現在は米国で複数の事業を手掛けながら、自らも株式や不動産に投資している。母から学んだ華僑の投資術、国境を越えるネットワーク、そして自身の金融キャリアからたどり着いた資産形成の考え方と実践法を聞いた。(今村光博、ダイヤモンドZAi編集部)
40代半ばでリタイアした母から学んだ
“お金の増やし方”
――まず、Takさんの資産形成の原点となった、ご家族の話から伺えますか。
note「投資家目線の米国不動産」
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Tak 私の資産形成に対する考え方は、母から大きな影響を受けています。母は中国で生まれ、日本に移住した後、1990年代にほぼ一人で貿易業を営んでいました。
日本で注文を取り、中国で工場を探して価格や条件を交渉し、コンテナ単位で発注する。仕入れから通関、資金繰りまで、ほぼ一人でこなし資産を築きました。そして40代半ばには、仕事を辞めても生活できるほどになっていました。
――お父さまとは、お金や仕事に対する考え方がかなり違ったそうですね。
Tak そうですね。堅実で節約志向の会社員だった父に対し、母は、自分で商売を動かし積極的に金融を学ぶタイプ。まさに『金持ち父さん 貧乏父さん』ならぬ、『金持ち母さん 貧乏父さん』を身近に見て育ちました。家庭では、お金の話も特別なものではありませんでした。為替がどう動いているか、商品の値段はいくらか、どの国で何が売れるのか。そうした話題が日常の会話に普通に出てきました。
――お母さまは、投資でも資産を増やしていったのでしょうか。
Tak 株式投資では、むしろ苦い経験をしています。日本にいたのは、大手証券会社の破綻やITバブルが相次いだ時期で、株にはあまり良い思い出がなかったそうです。
転機は、2002年にカナダ・バンクーバーへ移住したことです。そこで母は不動産投資に軸足を移し、資産を大きく増やしていきました。移住当初、持っていた現金を頭金に銀行からの借入を組み合わせ、物件を増やしていったのです。借入を活用することで、より大きな資産に投資する。いわゆるレバレッジです。
その後、バンクーバーの不動産価格は約20年にわたって大きく上昇し、結果的に母の資産も大きく増えました。さらに母は2006年、トロントでも物件を購入しました。同じカナダの中でも、より割安な地域へ投資先を広げていったわけです。その後、リーマン・ショックの際はカナダの不動産価格はあまり下がらなかったのに対し、米国ではは大きく下げたため、アリゾナ州フェニックスやワシントン州べレビュー、さらにカリフォルニア州サンフフランシスコより北の地域で不動産を買い進めていきました。
母のやり方は、手元の現金を頭金にレバレッジを効かせ、まだ価格が上がり切っていない地域で不動産を買うというものです。この考え方は、のちに私自身がアメリカで実践する不動産投資の原型にもなりました。
華僑富裕層を支える
「お金では買えない資産」
――そもそも、なぜカナダへ移住することになったのでしょうか。
Tak きっかけの一つは、当時の「投資移民制度」です。カナダやオーストラリア、アメリカには、一定額を政府指定の事業などに投資することで永住権を取得できる仕組みがありました。大きなリターンを狙う投資ではありませんが、一定期間後には元本が戻る。加えて、教育や医療の負担が比較的小さいことも、母がカナダを選んだ理由でした。
さらに大きかったのが、先に移住していた親戚や旧友の存在です。カナダ各地に住んでいたため、住まいや学校、現地での生活について相談できました。頼れる人と情報がすでにあることは大きな支えだったと思います。
また、バンクーバーは華僑のネットワークが非常に強い街です。現地の銀行に電話すると言語を選択ができるのですが、公用語は英語とフランス語にもかかわらず、英語の次に中国語が選択肢に出てくることもあります。そのため、英語が流暢でなくても中国語が話せれば日常生活で大きな不便を感じることはなかったと思います。
――そうした人とのつながりが、華僑の強さの一つなのでしょうか。
Tak そう思います。華僑の強みの一つは、国境を越えたネットワークです。何世代にもわたって家族を海外へ送り出し、現地に拠点をつくり、それぞれを商売でつないできた。香港、バンクーバー、シンガポールなど世界各地に親戚や知人がいて、そのネットワークを通じて情報や信用が共有されます。
こうしたつながりは、銀行口座の残高には表れませんが、一種の資産だと思います。仮にお金を失ったとしても、信頼できる人や情報につながっていれば、もう一度立て直しやすい。母が海外へ移り、そこで生活や投資の基盤を築けた背景にも、こうしたネットワークがありました。
――移住先には、驚くほど裕福な華僑も多かったそうですね。
Tak 資産の規模がまるで違いました。友人の家に大きなプールがあったり、高校生が高級車に乗っていたりと、日本にいた頃とはまったく違う世界でした。代々商売をしてきた家庭も多く、価格交渉や物を見る目が日常の中で身についているように感じました。「値段は交渉するもの」という感覚が、ごく自然にあるんです。
同じ中国系でも、出身地や商売の歴史によって、信頼関係の築き方には違いがあります。私が接してきた範囲では、商業の歴史が長い地域ほど、初対面でも比較的早く信用関係を築き、取引につなげていく文化が発達していると感じます。
海外の富裕層と付き合うときも、相手がどんな地域や商売の文化の中で育ってきたのかを知ると、コミュニケーションの取り方や考え方が見えやすくなります。