手取りの大半を投資に回し、結果として生活が困窮する「NISA貧乏」が国会でも問題視され大いに話題となった。そんな中、2027年からのiDeCoの掛け金の上限拡大で「iDeCo貧乏」まで誕生する懸念が浮上している。ファイナンシャルプランナーで社会保険労務士でもある井戸美枝さんが、投資貧乏に陥る原因と制度の罠、適正な投資と貯蓄のバランス、賢い出口戦略までを徹底解説する。(鈴木豪、ダイヤモンドZAi編集部)

「NISA貧乏」が急増の理由とは
投資と貯蓄を混同する“NISA中毒”の実態

 国会でも話題となった「NISA貧乏」。NISAへの積立を優先するあまり、日々の生活費や交際費、趣味の費用まで極端に切り詰め、手元の現金がなくなって生活が苦しくなってしまう状態を指している。特に若い世代に目立ち、人生を豊かにするはずの体験や、自己投資、結婚などへの支出を絞らざるをえない状況を招いている。国会の質疑では片山さつき財務相も「積立自体の目的化は意図していない」「ショックを受けた」と懸念を表明したほどだ。

 ファイナンシャルプランナーと社会保険労務士の資格を有し、家計と老後マネーの専門家である井戸美枝さんは、NISA貧乏に陥る人が相次いでいる最大の理由は、「投資と貯蓄を混同している点にある」と指摘する。

井戸美枝(いど・みえ)●ファイナンシャルプランナー(CFP認定者)、社会保険労務士。社会保障審議会企業年金・個人年金部会委員を歴任。国民年金基金連合会理事。講演や執筆、テレビ出演などを通じ、生活に身近な経済問題や年金・社会保障問題について解説している。近著に『図解でわかる 定年前後にやるべきこと大全』(エクスナレッジ) 。

 特に2024年に新NISA制度がスタートして以降、世界の株式市場は歴史的な好相場が続いている。2024年8月や2025年4月など、一時的な急落が起きても短期間で株価は回復して再上昇に転じてきた。この環境しか知らない若い世代は、「銀行の普通預金に入れておくのは損」「NISAに入れておけば勝手にどんどん増える」という感覚で、生活費のバランスを無視して資金を投資口座へ注ぎ込んでしまっている。

「投資である以上、株価が大きく下落する局面は必ず訪れます。しかし、下落の恐怖や損をする経験をしていないため、右肩上がりの一直線で増え続ける前提で生活設計を立ててしまっているのです」(井戸さん)

過剰なNISA投資をやめられないのは
パチンコがやめられなくなる病理と同じ!

 さらに深刻なのは、日々の生活費や突然の支出で手元資金が不足しているにもかかわらず、「いまNISAを取り崩すとこれまでの運用の時間がもったいない」「利益が出ているのに途中で解約したくない」という心理(一種の中毒状態・ゲーム感覚)に陥ってしまうことだ。井戸さんは「“長期運用じゃなくなる”とか“複利効果がなくなる”とか言い訳して投資をやめられなくなっています。パチンコで“ここで止めると損する”とやめられなくなる病理と同じかもしれません」と指摘する。

 中には、投資資産を切り崩すのを嫌がり、借入金利が15%以上のキャッシングやカードローンで生活費を補填している本末転倒なケースまで散見されるという。投資の本来の目的は「暮らしや将来を豊かにすること」であるはずだ。投資成果の数字に固執するあまり、足元の生活を破綻させては元も子もない。

制度改正で掛け金の上限拡大!
懸念される「iDeCo貧乏」の誕生

 じつは、こうした「本末転倒の投資」が、2027年1月に予定されているiDeCoの制度改正によって、さらに広がる恐れがある。

 現在、iDeCoの毎月の掛け金の上限額は被保険者の種別や企業年金の有無によって細かく定められている。例えば企業年金のない会社員は月額2万3000円。これが改正後は、月額6万2000円へと大幅に引き上げられる。(詳しくは図を参照)

「ダイヤモンドZAi」2026年8月号「老後のお金計画アップデート大作戦」より。
「ダイヤモンドZAi」2026年8月号「老後のお金計画アップデート大作戦」より。
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 この改正を受け、金融業界が「枠が増えた!」「節税メリットを最大化するために満額を積み立てよう」と営業することが予想される。「老後マネーを考えよう」といったニュースも増えることは間違いない。そして、これらに影響され、「上限が増えたなら満額やらないと損」とか、「老後不安を解消するために限界まで積立てよう」と単純に捉えてしまう人が続出する危険性があるのだ。

 だが、iDeCoにはNISA以上に警戒すべき重大な2つの性質がある。1つ目が、「原則60歳まで途中で資金を引出すことが一切できない」という極めて強い制約だ。子どもの入学金や住宅の頭金などが必要になった際や、あるいは突然の病気や被災といった不測の事態に対応できず、家計が完全にひっ迫してしまう。

 2つ目が、iDeCoの掛け金額の変更は年に1回しか認められていないこと。もし勢いで「月6万2000円を積立てよう」と限度いっぱいに設定してしまい、途中で「この掛け金は無理があった」と家計が苦しくなっても、NISAのように翌月から積立額を減らしたり、すぐに解約して現金化したりすることは不可能なのだ。

 これが、2027年以降に懸念される「iDeCo貧乏」の構図である。井戸さんは、「不測の事態が起きなくても危険です。今はインフレで生活費の上昇が続いているので、“貧乏”まで悪化しなくても、“ひっ迫”には簡単に陥ります」と警告する。

自営業者は満額までがおススメ
大企業社員や専業主婦は要検討

 井戸さんは、制度の向き・不向きについて次のようにアドバイスする。

「iDeCoの上限枠までの積極活用をおススメしたいのは、自営業者(フリーランス含む)や退職金制度のない中小企業等の会社員です。特に自営業者は受け取れる公的年金が基礎年金のみであるため、“じぶん年金”の準備が不可欠です。また、掛け金の全額所得控除による節税効果も最大化できるからです」

 一方で、企業年金や退職金が手厚い大企業の会社員、あるいは専業主婦(夫)が、枠の拡大に踊らされて、背伸びしてまで掛け金を増やす必要性は乏しい。特に専業主婦(夫)の場合、自身の所得税・住民税が発生しないため、iDeCo最大のメリットである「所得控除(節税)」の恩恵を一切受けられない点には注意が必要だ。